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熊本地震に思う

 こんばんは。
早速ですが、本日は熊本地震の本震から1年となる日ですね。
4月14日の前震も含め熊本県、大分県を中心に幾度となく強い揺れが観測され、特に熊本県に至っては、震度7の揺れと多数の死者が出たというニュースを耳にし、2011年の3.11の時に感じたような恐怖感を覚えました。
3.11の時もそうだったのですが、昨年のあの時も、もし少し時期がずれていれば、自分自身も巻き込まれてしまった可能性のあった地震でした。
私は、あの年の1月、大分県へ行っていただけに、とても人ごとのようには思えなかったのでした。
職場や家庭だけじゃない、旅行先で地震に合うかもしれない、その時の備えも自分なりに考えておかなくてはならないんだなと、出向いた約3か月後に起きたあの地震によって気づかされたような気がしてなりません。
もし、自分が行っていたときにあの地震が起きてしまったら冷静でいられただろうか?
何らかの影響を受けてホテルの水やお湯、トイレが使えないこと、どこかへ食事しに行こうとするも、地震の影響で営業してるところを探すこともままならなかったかもしれないんじゃないだろうか?
仮にそうだとしても、あの時泊まっていたホテルの近くには確かにデパートやコンビニはあった、それでも周辺の住む人たちが一斉に押し寄せて、「食べ物が手に入らない」こともあっただろう。
バスや飛行機など、交通のやりくりがつかず帰れないということもあったかもしれない。
何より巻き込まれて身の危険を伴う事態になってしまうことだってあったんじゃないだろうか?
ついつい、旅行となれば、そのわくわく感から忘れがちになってしまうことだけど、どこかで「旅行先で災害に合うかもしれない」ことを肝に銘じて考え生かしていかないとならないなと、あの地震に教えられたような気がしています。
 ところで、二つほど思っていることが最近あって、被災した現地の県ではわかりませんが、ここ半年以上、この地震の話題がメディアに上がることが非常に少なくなったように感じていて、「熊本地震は過去のもの」とか、「3.11ほど大規模な被害じゃないんだから」などのような考えを持ってしまう人が今後ますます増えてしまうのではと懸念してやみません。
もう一つ、これは当初から思っていたことですが、実は「熊本地震」という名称にも違和感を覚えています。
震源地の熊本ほどの揺れや甚大な被害がたとえ多くなかったとしても、大分県でも強い揺れが観測されていたし被災したところがまったくなかったわけではないはずなのに、「大分のことはなかったことにしてしまうのか?」と疑問に思っているのですが、そう思ってしまうのは私だけなのでしょうか?
あの地震から1年、そう思うようになっている私です。
最後に、被災されました皆様のご冥福を心よりお祈りいたします。
また、今もなお苦しい状況の中で生活されている方も多いと聞きます。
1日も早い復興、1日も早く安心して生活を送れる日が訪れることを願っております。
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熊本地震に思う

 おはようございます。
はじめに、このたびの熊本県や大分県を中心とする地震におきまして、被災されました皆様に、心よりお見舞い申し上げますとともに、亡くなられました皆様へ心よりご冥福をお祈り申し上げます。
そして、今なお続いている懸命な救助活動のもと、一人でも多くの方が救助されますことを切に願っております。
今回の地震、丸で5年前の震災のように余震が頻発しているのをテレビの報道などから感じており、たいへん心が痛みます。
同時に、熊本や大分には学生時代や音楽活動等を通じて知り合った仲間や知人といった方が複数人おり、そういった方々の無事も気になっていたところですし、約3か月前のこと、サウンズコンテストの公開審査へ出席するため私も大分を旅行したばかりでしたので、とても他人ごとのようには思えなかったのです。
ひとまず、心配していた知り合いの無事を確認できてほっとしたものの、「あの時それなりの活気に満ちていた大分市内は、あの時1月末の心地よく(自分には)感じた気候は、町並みは今どうなっているのか」と感じてなりません。
そのうえ、あの旅行の際に、今回のような災害に巻き込まれてしまったらと思うと、やはりただでは済まされなかったんだなと思うとぞっとします。
本当に、「災害はいつやってくるかわからない」というのを改めて実感するに至りました。
 ところで、音亀フェス2015のコンピレーションアルバム販売開始がちょうど1週間後に迫っていますが、いい加減最新情報をお届けしたいと考えている一方、今回の地震発生にあたり、どうしてもこれだけは先にお伝えしたいと思っていることがあります。
今回Ayakongは、皆様からの反響も大きかった燃え盛る大和の大地というオーケストラ楽曲を収録させていただきましたが、これについて、実のところ今回の地震が発生したことから、とても不謹慎なことをしているような気がしてならずにいます。
過去何度か、当ブログにてこの曲に関する思いや楽曲解説等をさせていただきましたとおり、おもには火山噴火のことをメインのテーマとして扱っている曲で、これがメインとはいえ、曲を製作する際の自分の解釈の中には地震も含まれていました。
しかし、決してそうした自然災害を肯定しているものではありません。
空くまで、災害などによって迫力満点に荒れていく大地の様を描きつつも、「一体この先、日本の大地は、大自然は、美しい景色は町や人々はどうなってしまうのか?このまま荒れ果ててぼろぼろにならないでほしい」との思いを持って製作してきました。
その点をご理解くださいましたうえで、上記コンピレーションアルバムをお手に取っていただけますと幸いです。
今回の熊本地震に関する被害が報道等で次々に伝えられていくさなか、上記収録楽曲を取り下げた方がよいのではという意見も聞こえてきそうですし、私自身もそうするべきではないかと感じている面があるうえ、今更ながらなんでこんなことをしてしまったのだろうと思っているところです。
しかし、今月14日に震度7の地震が発生した時点では、既に修正の効かない状況になってしまいましたので、今回、このまま収録の方向に至るという結果になりました。
あらかじめ、ご理解、ご了承のほどよろしくお願いいたします。

3.11から5年そして被災地の復興を願って

 こんばんは。
始めに、2011年3月11日に発生しました東日本大震災にて被災された皆様に、心よりお見舞い申し上げます。
そして、この震災で亡くなられた皆様の心からのご冥福をお祈りするとともに、被災地の1日も早い復興を願っております。
 早いもので、あの震災から5年が経過しましたが、当時のことをこの日を迎えるたびあれこれ思い出してしまいます。
そのあたりのお話は、1年前のエントリーにて、当時の震災関連番組を見て思ったことと併せて書かせていただきましたので、今回は触れません。
思い起こせば、私もこの5年の間で、良くも悪くも考え方がいろいろ変わったり、何かを心の中から失ってしまったのではないかと思うことが少なくなかったように思います。
中でも、震災の翌年、しかも同じ3月という月に実家で致命的な災難があり、それもまたあらゆる考え方を変えてしまうきっかけに、良くも悪くもなったのではないかと感じています。
また、その他の出来事についても、挙げればきりがありませんが、そうした日々の中で感じたこともまた挙げればきりがありません。
どこかで「幸せであることが当たり前」だと思っていたのではないだろうか?
父と母、両方の親がそろっていること、常日頃関わっていた身うちがそばにいることが「当たり前」だと思っていたのではないだろうか?
何より、支えてくれる仲間がいること、「このため」、あるいは、「この人のため」に力を注ぎこみたいと思える物事があるというのがどれほどありがたいことで、どれだけ大切なことか?
そんなことを考えるのが多かった5年間でした。
つまりは、ずっと「当たり前」だと思っていたはずのことが何かをきっかけに「当たり前」ではなくなるんだということ、いかに「幸せ」が尊いものかということを特に肌身で実感したと同時に、昔の自分以上に、人への感謝の気持ちを持てるようになったような、そんな気がしています。
5年のうち、一時期は、上に挙げた実家での災難も含めマイナスなことばかり連鎖的に続いて、傷つくこと、傷つけられることにも疲れて命を投げ出そうと考えた時期まであり、気がつけば現状でもそれらが尾を引いて、まだ完璧に立ち直りきれているとは全く言えない状況ではあります。
それでも、仕事でかかわっているたくさんの人たちやライフワークと化している音楽活動の方で支えてくださっているたくさんの仲間たちやいつも応援してくださる、励ましてくださる方々のおかげもあり、一時期の最悪な状況から抜け出して、今日に至るまで何とか少しばかりは前を向いて生きていくことができています。
そのことに感謝し、今日からの日々をまた一歩ずつ歩んでいきたいと思います。
 …っと、重苦しい話はここまでにして、最後に、被災地の復興を祈願する意味も込めて、私目が実際に使ってお気に入りになった調味料を一つ紹介して終わります。
そのお気に入りになった調味料がこれ!
岩手県陸前高田市に本社がある八木澤商店さんのやませんのつゆ 君がいないと困るという商品です。
もしかしたら、会社名だけをご覧になった際に、テレビで復興までの道のりを紹介する番組がいくつか放送されていたこともあって、「見たことあるぞ」という方もいるのではないでしょうか?
私は、前の職場に勤めていた際、震災の復興支援も兼ねて、被災地、特に陸前高田市の商品をその職場では多数販売していたのですが、そこで当時の同僚が教えてくださったのが上記の商品でした。
実際に購入して、うどんや炊き込みご飯、あるいは豆腐にかけるつゆとしてなど、いろいろな料理の調味料に使ってみたのですが、素直に、このつゆでうどんを食べたら最高だったと思ったのが感想でした。
特にとなれば、釜玉うどんを食べる際に使うのが、私個人的なお勧めです。
ところで、この商品を知ったことに関連し、社長さんの講演会も録音ではありますが同僚が聴かせてくださったのですが、
その中で、当時の震災の際、その時社員として働いていた方たちを一人もリストラすることなく、会社を復興に導いたという話がなされており、大変感銘を受けたものでした。
そこからも、会社全体が、もっといえば社長さんの「人を大切に思う心」が垣間見え、こういう形で成功し、復興へとつながったんだなというのを感じました。
ちなみに、上記の商品は、リンクをクリックするとインターネットからも購入できますので、気になった方、興味を持った方、既に使ったことが合って実は気に行っているという方、ぜひぜひお試しを!

今年の台風18号に思う

 こんにちは、Ayakongです。
まずは、このたびの台風18号に伴う豪雨災害により、亡くなられた方々に心からご冥福をお祈りするとともに、被災された方々の1日も早い復興をお祈りしています。
また、昨日は、早朝に東京で大きな地震があったこともあり、再び日本に自然の恐怖が降り注がれていることに、ただただ心苦しさを感じてなりません。
今なお行方不明の方や家ごと流されてしまったという方、電柱にしがみついて必死に救助を待った末に助かったという方、現在も避難所での生活を余儀なくされている方など、ありとあらゆる立場の方がいらっしゃいますが、
特別警報が発表されるほど、それだけ今回の災害が大規模、且つ悲惨なものであったかを物語っているように感じています。
さきほども、某局のニュースを見ていましたら、宮城県にお住まいの方で、「震災で家がなくなり仮設住宅で過ごしていたものの、今回の災害によって再び家がなくなってしまった」という方の話を耳にしたのですが、言葉も出ませんでした。
上の話をされていた方とその家族の辛さがどれくらいのものであったのか、どの程度の疲れやストレスがたまってしまったのか、経済的な余裕やこれからの生活などは大丈夫なんだろうか…っと、他人のことなのですがなんだか他人事のように思えなくなって仕方がありませんでした。
そんな気持ちの中、誰とは敢えて言いませんが、常総市で堤防が決壊した日のとある政治家さんの行動に腹立たしさを感じ、頭に血が上ったものです。
自衛隊の方々が必死に人命救助にあたり、懸命に一人でも多くの命を救おうと必死であるのに、いわゆる「戦争法案」のことばかりに集中して、この大災害をそこまで重視しないとは、何事かと感じて仕方がないのです。
もっと早めに災害対策本部などを設置し、より迅速に動くことができれば、より多くの人の命を救えたはずではないかと私は思うのです。
そして、この災害真っ只中に国のトップが何をしていたかというのを特に亡くなられた方や行方不明になられている方のご家族がネットをはじめ、どこかから情報を得ていたとしたらと思うと、なおさらに悲しみと怒り、情けなさが湧いてなりません。
…と最後、いろいろ熱く書いてしまいましたが、今後おそらく、さらに地球温暖化が進んでいってしまう影響で、台風もそれに合わせてどんどん脅威になっていくのではないかと危惧しており、今までの驚異的な台風を基準に考えてはいけなくなってきているなと、しみじみ感じました。
最後に、いつも台風の時期になり、こういう大規模な災害が起きた時に思うのですが、特に台風は、15号と18号あたりがものすごく危険な率が高い気がしますが、そう思うのは私だけでしょうか?

LV27

 こんばんは。

早速ですが、本日を持って、タイトルの通り今年もまたレベルアップの日になってしまいました。

やってこなくてもいいのに、毎年当たり前のように、冷酷にやってくるレベルアップの日。

「気持ちはまだまだ17とか18よ♡」

なんて、どっかでは思ってるんですが、肉体は確かに年齢を重ねている模様(>_<)。

つい先日、妹の顔(具体的には、頬のあたり)をこっそり触ったんですが、さすがは5歳、6歳違うだけあるのでしょうか、わかりませんが、私の顔の張りと弾力が明らかに低下しているのを感じてややショックだったものです(T_T)。

まあそれはさておき、音楽活動以外のこと(おもに、リアル)に目を向けると、「この先どうなるんだろう」という不安が付きまとうことばかりで、自分への情けなさとふがいなさに押しつぶされて、思わず、「どうせ、私なんて…」などという考えが何度もよぎりそうになったり、

そんなことしても何も始まらないと分かっているのに、とある人たちに対する怒りや憎しみ、酷い時はねたみなどで、「どうしたらこいつらを裏切れるのか?」みたいな、どうしようもない感情やここには書けないようなブラックな感情が湧きあがるのを必死に抑えたり…そんなことばかりで、

今の私は、自分が昔思っていた、想像していたようなLV27の人とは、とても程遠いものがあるように感じてなりません。

むしろ、自分より年下の人たちの方がしっかりしていたり、自分よりもよい仕事っぷりで頑張っている人なんかを見ると、なおのことため息ばかりついて、上にも書いたような感情がふつふつと湧きあがりそうになるわけです。

それでも、一番大荒れだった2012年からの3年間の誕生日時期と比べると、この3~4年の中では今年は一番穏やかに過ごせてるのかなとも思うわけです。←あ、それでも2012年はまだましな方だったかもしれないな。

おそらくですが、昨年の夏ごろから音楽活動に明るい兆しが見え始めていて、その流れが現在も何かしらの形で加速度を増しているというのが大きいかもしれませんし、それが、少しばかりでも穏やかに生活するための糧となり、要因となっているのかもしれません。

…と、こうやって書いてみると、改めて、「自分は、音楽をやっていることで、『生きる助け』とか、『心の支え』になってるんだな」というのを再認識し、
そのうえで、活動を支えてくださる方々や何かしら手を差し伸べてくださる方々、何より応援してくださるすべての方々への感謝の気持ちが自然とわいてきます。

その反面、音楽家Ayakongの立場として、「自分は何のために音楽やってるんだろうか」と、ふと立ち止まることも最近また多くなってきています。

少なくとも、作曲スタイルをDTMに移行してから現在に至るまで、私にとって作曲は、単なる自己満足のためではないとか、単なる趣味では終わらせたくないという思いで取り組んできたと自負しているつもりではありますが、時々、「自分が音楽をやる意味ってなんだろう?そもそも、何のために自分は音楽やってるんだろう?」といった思いに駆られて悩むことも…。

それがあんまり考え過ぎると、「音楽を通して、私はだれかを幸せにできているのだろうか?もしできているのであれば、まだ私にも生きている意味はあるのかもしれないけど、できていないのであれば…」なんて意味もなく落ち込んだりしてしまうのです。

そんなふうに、リアルでも、音楽家Ayakongとしても、自問自答の27歳となっているわけです。

正直、リアルに関しては相変わらずいろんな意味で先が見えず、苦しいのが現状です。

そんな中でも、上にも書いたとおり、音楽活動に明るい兆しが見え始めている以上、これからの1年は、今まで以上に一皮も、二皮も剥けたAyakongというのを目指していきたい所存であります。

それが、更なる明るい兆しにつながっていくと信じて、なんとか前を向いて突き進んでいきます。

最後に、3.11以降、時期がかなり近いためか、誕生日がくるとなんだか複雑な思いに駆られることが、実のところ多くなっていることを付け足して、今日の、27歳一発目の記事を終わりにしたいと思います。

あの日の記憶 そして今思うこと

 こんばんは、Ayakongです。
珍しく2日続けての更新、でも、これだけはなんとしても今日のうちにアップしたかった内用なので更新します。
東日本大震災から今日で4年…あの日のことは私の中にも鮮明な記憶として残っています。
当時、札幌で寮生活を送っていた私ですが、幸いにも幾度となく頻発する与信や津波に合うことなく過ごしていました。
ところが、自分のことよりも他の周囲の人のことが心配になって行きました。
震災の約1年前に卒業した大学にいる後輩たちや関東圏内に就職した友人たち、ネットなどでつながりのある音楽仲間たちや他の友人はみんな無事だろうか?
地元には津波が来ていて、実家の家族は大丈夫だろうか?
そんな心配の気持ちがよぎっていました。
SNS等を駆使して、私とかかわりのある仲間たちがみんな生きていて無事であったということ、津波で家族が生きていて、避難する事態になっていないことが分かって、ひとまずほっとしていました。
しかし、その後になり、大変な避難生活をせざる得なくなっていた人の話やがれきをかき分けながらなんとか会社にたどり着いた人の話等を見聞きする機会があり、実際の地震の恐ろしさを感じていたものです。
また、この影響で、私の卒業した大学のその年の卒業式が中止になった話を知り、思わず、「もしあの場に私がいたら…」とふと考え込んだりもしました。
それから時が経つにつれ、周囲の人の話やニュースを見聴きすることも多くなっていきました。
それらの中でも、とある先生から授業中に東北を出張で尋ねた際の話を雑談の際に聞く機会があったのですが、その時の
「現地の人の話を聴いたり、地元のラジオを聴いたりして感じたのは、北海道を始め、被災地以外のテレビやラジオの報道が他人事のように感じる。東北に出張に行って強くそう感じた」
という話が非常に印象に残り、その日以来、、13年ほど前に家族旅行で訪れたことのある東北へもう一度足を運んでみたいとの思いが日を追うごとに強くなっており、
毎年この震災関連の報道が多くなる時期になるたび、その思いにいつも駆られています。
13年前の夏、山形と仙台を尋ねましたが、その当時と今とで、特に仙台あたりはどう印象が違うのか、それをいつかは実際に肌身で感じてみたい…もう一度東北へ行きたいというのには、そういう思いもあるのです。
そして、万一それが実現できた暁には、岩手や福島を尋ねられれば…そんな気持ちでおります。
しかし、そんな思いとは裏腹に、最近、震災関連の報道を見ていて、やりきれない気持ちに駆られることも少なくありませんし、同時に、物理的なものばかりではなく、「心の復興」にもっと注目した方が良いのではとも感じてなりません。
被災地の現状を知りたいとの思いから、先日8日の夜に放送されたNHKスペシャルを見ていたのですが、途中で感情が高ぶって辛くなってしまったのです。
具体的には、「4年」というこの時期に来て、主に仮設住宅で生活する被災者の方々の心身の不調を訴える事例が後を絶たないことを知り、それら一つ一つが頭を抱えるものばかりで、正直言葉も出ませんでした。
特に、お年寄りの方々におけるこうした問題が深刻であり、震災前まで元気だった人が杖などの支えなしでは歩けなくなってしまった事例や認知症になる人が急増している事例などが紹介されていました。
現在、私はとあるデイサービス施設に務めておりますが、そうしたお年寄りの方々を見ると、
「運動できなくて、一歩も外に出られなくて困っている人たちみんな、うちへ連れてきたいなあ。満足いくまで運動もできるし、言ってくだされば私が疲れた皆さんのあん摩を提供できるのになあ。そうして、困っている人たちの助けに少しでもなれればいいのになあ」
などと、無理な話と分かっていながらつくづく思ってしまったものです。
その他、紹介されていた事例は、お年寄りのことにとどまらず、家族の絆が壊れてしまうと言った事例もありました。
震災前まではごく普通の円満だった夫婦関係、あるいは家族関係が、震災を理由にけんかが絶えなくなったり、離婚したり、お酒におぼれたりする等の形で、すべてが崩れ去ったという内容がその一つの例です。
また、「いつまで被災者ぶってるんだ」とか、「仮設で生活してるくせに、何えらそうなことを」のような差別的な言葉を投げつけられたり、子供がいじめに合うケースが後を絶たないなど、「まったく、この世の中どうなってしまったんだ」と思うくらい信じられない事例まで、中にはありました。
同時に、そんな信じられない事例を耳にしては、「震災の記憶が風化してきていたり、そんなことなどもはや過去のこと、他人事のように感じている人が出てきているんだということを如実に表しているな」と思わざる得なかったことも確かでした。
以上のようなことから、上にも書いたとおり、今年における3.11の震災関連の報道を見ては、やりきれなくなったり、「心の復興にもっと目を向けるべきではないか」とつくづく感じるのです。
結構、物理的な復興に私たちやメディアは目を向ける風になりがちですが、今こそ、私たちをはじめとするすべての人が被災地に住む人たちやそこに故郷のあったであろう人たちの「心の復興」に目を向けることが大切であると感じている次第です。
そんなわけで、長々と、しかもとりとめなく今年の3.11に対する私自身の思いを書き綴ってみましたが、これをご覧の皆さんは、どんな思いで今日という日を迎えておられるのでしょうか?
きっと、それぞれがそれぞれの思いでこの日を迎えているのではないかと想像します。
とにかく、これからも、あの日を忘れず、今感じている思いを大切に、私は生きていきます。
プロフィール

Ayakong

Author:Ayakong
 音亀フェス2016コンピレーションアルバム、4月9日より各種ミュージックストアにて絶賛発売中!
「音亀フェス2016 ~passion~」にて演奏された楽曲の中から全12曲を収録。
総収録時間約60分、熱いハートを詰め込んだ1枚、何と価格は1000円!
Ayakongは、カバー曲ながらM9、M10の2曲にかかわっております。
詳細はこちらをチェックしてね(^^)
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アマゾン・ミュージックで購入する
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※ その他のミュージックストアでも販売されております。また、ストアによって価格が異なる場合がございます。

 こんにちは。作曲を中心に音楽活動をしておりますDTMER、Ayakongです。
視覚障害があり、普段はスクリーンリーダ(PCの画面を音声でガイドしてくれるソフトの総称)やその環境下で利用できる作曲ソフト、その他シンセサイザーをはじめとするいろんな機材を駆使して製作しています。
もともとは、ピアノを習っていた関係からそちらがメインでしたが、2009年、当時やっていた大学時代のサークルがきっかけでこの道に入りました。
ネットラジオ、暇つぶしラジオにBGMの提供を行ったり、アマナイメージズにて商用販売されている楽曲があったり、録れコン2014(島村楽器主催)にてそこそこの結果を残す等、一応してきましたが、
まだまだやれるというハングリー精神と謙虚さと活動を支えてくださっている皆さんへの感謝の気持ちを忘れずに日々の活動に励んでおります。どうぞよろしく!
なお、このブログは主に、音楽活動のことや雑多な日常をつづっていくものになります。

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