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LV30になっちまった

 こんにちは。

本当なら、「お前この2か月何やってたんだ?」シリーズがもう1本続く予定で、そこでは音楽雑記的な話でも書く予定でいたんですが、その前に今年もついにこの日を迎えるに至ったので、今回はそのお話でもするとしましょうか。

さて、一昨日をもって残念ながら20代を卒業することになり迎えた昨日、ついにLV30になってしまいました。↓いや、あんまりうれしくはないんですがね。

んで、相変わらずじっかんもないわけですが、この「20代が終わり30台が始まるにあたって」という点で、今の私が思うことをいろいろ連ねていきます。

何?「デジものに敗北する話はどうしたんだ」ですか?

大丈夫です、そのうちしますからご安心をw。

まず、場面を問わず全般的にこの10年間で最も痛感したことが「他人に心の風邪を引かせることはとても簡単だけど、一度引いてしまった、あるいは引かせてしまった心の風邪を治すことは、その何倍以上も難しい(下手をすれば、一生ものの傷になってしまうことも)」ということでしょうか。

それは、自分が他人に対して大きな過ちを犯してしまったこと、他人の心無い言葉で私自身が心身を患ってしまったこと、更には音楽活動を通じて知り合った自分よりも年の若い仲間が心無い大人によって人生をめちゃくちゃにされて取り返しがつかなくなりながらも、それでも日々を明るく生きようとがんばっている姿を見たりして感じたことからでした。

また、音楽以外の場面の一人の人間としては、二十歳を迎えたころより人間としての、あるいは一視覚障害者としての自分はダメになったんじゃないのかということを感じていたりします。

もっと言えば、「自分で自分をダメにした」という表現が正しいでしょうかね。

特にアレですかね、20代中盤の3年余りは、音楽人としての自分はまあともかく、それ以外の自分に関して言えば最悪な状態だった、言い換えれば激動の3年余りでしたね。

というより、音楽人としての自分だけが当時の支えだったように思います。

今は、込み入った話について敢えて多くは語りませんが、20代前半で就職活動等で結果を残していれば、あるいは大学入学したころとかもっと早いうちくらいから今くらい、いやそれ以上DTMでの作曲にのめりこんで何かしらの大きな結果や実績を残していればこんな堕落した人生にはならなかったよなと、何度も自分を責めましたし後悔もしました。

確かに、その間に実家のほうでも大変な事態が起こったりもしたわけですが、そんな時だったからこそ、もっと自分がしっかりしていればこんなことには…という思いを強めるに至ったのでしょう。

まあ、そのころほどではないですが、今でも気持ち的に落ちてしまうと自分を責めてしまうことが多かれ少なかれありますし、何より特定の人たちへの怒りや失望なども憶え本来10代くらいで経験してもおかしくないはずの「自分の居場所がなくなる」ということの本当の意味を知ることにつながりもしました。

そんな状態なので今の職場に到達するまでがまた長く、25歳手前で学生生活終えて最初の数か月間は、仕事こそしてましたがもはや壊滅的な状況で、今だから言えることなのかもしれませんが、初めていただいた給料がまったくもって嬉しくなかったのをよく憶えています。

 それはそうと、ちょうど音楽関係、DTMといった単語に触れかけたのでそちらでの10年間について考えてみましょうか。

今でこそそれなりに笑顔で過ごせていますが、少なくとも、上のような壊滅的、且つ居場所がなくなったリアルの状況の一番の支えだったのが先ほども書いた通り、やはり音楽でしたから。

ざっくりいうと、Ayakongとして活動を開始したのが21歳、そこを皮切りに変革を遂げた10年間だったのかなというのが今の心境ですし、制作環境も当初から比べればだいぶ変わってきましたが、そのあたりのお話は、次のエントリーでじっくりしたいと思っております。

思い返せば、ちょうど10年前はまだネットに自分の楽曲を上げるという行為そのものすらしていませんでしたし、本格的にDTMを始めるという状況にすら、そもそもなっていませんでした。←MUSEは触っていましたが実はそのころは挫折しかけてました(汗)。

そればかりか、まともな編曲すらできていない自分がいました。

まあ、せっかくですので、どんだけひどい有様だったかは「弾けたいラジオ」の最新回あたりをお聴きいただければお分かりいただけるのではないかと思います。

実は、前にもちょっと書きましたが、番組内で大変面白い企画が立ち上がっており、その一環で私が過去10年近くの間(Ayakongとして活動を開始するより以前のものも多数含む)にさじを投げた楽曲たちが何曲かお聴きいただけたりします。

盛大に恥をさらしておりますので、お時間のある時に是非どうぞw。

中身もひどいですが、実際のMUSEデータを改めて見返してみると、曲によってはレイアウトとかがまあお話にならないくらい汚すぎて唖然としたものです。

「なんであんな面倒な、まだるっこしい書き方をしてたんだろ」と今になれば思うわけです。

それから約1年…実は大学時代の同期でもあった諸熊さんら数名とともに立ち上げたDTMのサークルがきっかけでついに覚醒しそこからさらに1年半余り、Muse大賞2010にて年間対象をいただいたり、2014年の島村楽器主催のコンテストでも最終選考会にノミネートされたこともある「会いたい気持ち」というあの楽曲を生み出すに至ったわけですね。

こんなに早くにスピード出世のようなことになっていいのか?みたいなことをその当時は思ってたわけですが、その「自らが作ってしまった高い壁」に今なお苦しんでいる現状もあります。

とはいえ、あの楽曲によっていろんな出来事がもたらされたり、いろんな人とのつながりがもたらされたこともまた事実ですし、そのことをこれからも忘れてはいけないなと感じてもいます。

また、2011年頃より楽曲の提供にもチャレンジし始め、2013年にはクレオフーガさんとアマナイメージズさんによるコラボ規格のコンテストで入選し、楽曲を有料販売したということもありましたかね。

その販売した楽曲もどういうわけか、「会いたい気持ち」と同じく2010年の作品だったりするわけですがね(爆)。

2014年は上のようなことがあり、その翌年には社会人になってからかなえたかった夢だった「DTMや作曲を習い事として取り組む」ということをかなえるのにもつながりました。

2016年、島村楽器のコンテストに再び挑戦し惨敗するも、大分県で開催された「第24回サウンズコンテスト」にて審査員特別賞をいただきました。

そして昨年、某コミュニティFMにて市民パーソナリティーを務められている方とのコラボ楽曲が完成し、ラジオ局主催の彼女の野外ライブにて歌われた模様が公共の電波に乗るという人生初の体験をしました。

あ、そうそう、忘れちゃいけないのが2014年から3年続けて、「音亀」というポッドキャスト番組を配信しているサウンドクリエイターのHARUさんが主宰する「音亀フェス」に出演させていただいたことでしょうか。

今までの活動ではまずけいけんできないようなことをいろいろ経験させていただいたと感じております。

まあ、初年度のそれも1曲目にして、Ayakongとしては少々カオスなことをやってのけたがために、すっかりフェスの中では出演するたびそのことが語り部背になってしまいましたが(苦笑)。

こんな感じで、10代のころとは違った意味で、かつ比較にならないような変革の10年間だったのが音楽人としての20代でございました。

いいえ、変革ばかりでなく、これまた10台とは比較にならないほど新たな方々とつながることもできました。

そのうえ、DTMへ転向したころに、自分は、音楽をやめたら何も残らなくなるんだなということにようやく気付いた具合でしたが、それから10年で、このことをえらく痛感したものです。

とはいえ、ここ数年、スキルを身に着けることや音楽活動以外の部分でのことに赴いていて、音亀フェス以外、ほぼ公の活動から遠のいている現状もあり、まずはそこから何とかしていきたいものです。

それぞれの自分を10代と比較してみると、人間としては10代のころより高い点数を上げるなど到底できませんが、音楽人としてはあのころより高い点数を上げることができます。

 さて…30代はどうしたいでしょうか。

まずは、冒頭でも触れた「他人に心の風邪を引かせることはとても簡単だけど、一度引いてしまった、あるいは引かせてしまった心の風邪を治すことは、その何倍以上も難しい(下手をすれば、一生ものの傷になってしまうことも)」ということを肝に銘じつつ、音楽人としては、もっともっと上を目指せるよう、人間としては、最低限20代よりも高い点数を上げられるような、そんな10年間に次はしていきたいものです。

最後に、10代のころとは比較にならないくらい増えたなと感じているのが感謝しなければならない人、あるいは恩返しをしなくてはならない人なのですが、それにも関わらず、必要な方々にそうしたことが一切できてないなと思っています。

そのため、必要な方々への感謝や恩返しが少しでもできるよう、今後の日々を大切に過ごしていきたいと思っております。

どうか皆様、こんな未熟な私ではございますが、今後ともよろしくお願いいたします。

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7回目の3.11&お前この2か月何やってたんだ?その2

 こんばんは。早速ですが、本日は2本立てで話題をお届けします。
まずは今日。東日本大震災から7年になりましたね。
今年も2時46分に、しっかりと黙とうをさせていただきました。
3.11については、数年前だったかにもこのブログにいろいろと思いを書き連ねましたので、今回は敢えて多くは語りません。
ですが、一つ言えることは、度重なる余震の中、関東方面に住む仲間たちや一部区域に津波が押し寄せてきたという地元の家族が全員無事であった、そのことを当たり前に考えていてはいけないんだなということでしょうか。
また、2002年頃に家族で旅行した東北へ再び行ってみて、被災後の東北がどんなふうになっているのかを肌身で感じてみたいという変わらず持ち続けている思いを新たにしたところです。

 というわけで、まじめなお話はここまでにして、続いては昨日に引き続き、「ブログの更新サボってる間何やってたんだお前は!?」というお話の第2弾。
今回はなんと、幻の札幌旅行のお話(なに)。
なぜ、「幻」なのかは読んでいくとわかると思います、たぶん。
事の始まりは先月上旬、高校1年のころに副担任だったとある先生が今年度いっぱいでご退職されるようだという旨の連絡が友人からありまして、そこでクラス会みたいなことをするべく集まらないかというものでございました。
これは居ても立っても居られないという思いから札幌へ行くことを表明した私、集まるという日時が決まると、さっそくそこへ向けて旅行の計画を急遽ばたばたと立て始めました。
途中、なかなか思うように計画が定まらなかったり、母親にそれはもう大変頭にくることをされたりとまあいろいろありましたが、出発数日前には何とか予定が定まり一安心していました。
ところが、なんと出発前日になって大事件が発生する事態に(え)。
その日の朝、前日の夜に当時担任だった先生から連絡が来ていたことに気づくのですが、なんと衝撃的な結末が待ち受けていました。
「主役であったはずの先生がインフルエンザになってしまったため、集まる日程を延期させてください」というたぐいの内容だったのです(待て)。
予約していた交通機関等はもうすべてキャンセルせざるを得なくなってしまったわけです…いやあ、いろいろ焦りましたし参りました(苦笑)。
とはいえ、改めて行われるという日にはきちんと気合を入れて札幌へ向かいたいと思っておりますぞ。
そして、それまでは少なくとも風邪をひかず元気に過ごして見せますぞ!
そんなわけで、本日はこの辺で。
どうかどうか、少なくとも次の旅行の時までは大きな災害などが起きないことを願わずにはいられません。

お前この2か月何やってたんだ?

お前この2か月何やってたんだ?
    皆様

大変長らくご無沙汰しております、Ayakongでございます。
なんとなんと、3月にして今年初のブログ更新という事態になってしまいました(待て)。
今年もよろしくお願いいたしますというにはあまりにも遅すぎる、いや、もうそれを通り越して遅すぎるにもほどがあるっていう状態ですよね。ごめんなさい。
大丈夫です、私は生きております。
まあもっとも、私目がかかわっているこちらのポッドキャスト番組をお聴きいただければ一目瞭然なんですがね(汗)。
ちなみに、現在第8回までが配信中でして、そこではなかなかに面白い、それでいて斬新な企画が動いていたりしますので、お時間のある時に肩の力を抜いてゆりー~い気持ちで聴いてみてくださいな。
また、第6回くらいから聴いていただくとなお面白いですよ。

 んで、ここからが本題。
ネタがそこそこにたまっておりますので、この2か月お前は何やってたんだよ?っていう話を中心にいろいろ書いていこうと思います。
まず、年が明けてすぐのこと、なんと元日早々から盛大に風邪をひいてしまったAyakong氏。
日中から翌日にかけてちょっと寒気がしたり体がだるかったりとありましたが、熱は一晩で収まってくれました。まあ、相も変わらず食欲は落ちませんでしたがね。
どことなく雑煮の汁が身に染みたものです。
今回ですが、私の中ではよくありがちなパターン(のどが痛くなる)というところから始まり、鼻水出ないけど咳がとにかく…という状態でありながら、何とか4日の仕事始めまでには回復し普通に出勤。
そこまではよかったのですが、その翌日の午後になり、声が出せなくなるという悲劇が襲ってまいりまして、これで1週間から10日ほど苦しむ事態になってしまいました。
10数年前に2,3日声が出せないというのはありましたが、それよりもひどいものでして…いやあ、本当に参りました。
上の番組の第7回がその声が結構ひどい状態でしゃべっていたんですが、あれでも結構ましだったほうなんですよねえ。
んで、声も治り、咳も収まりかけたと思ったのもつかの間、なんと1月下旬にどこからともなくこじらせてしまって、咳はおろか、ついに鼻水までお出まししてきました。
一応、2月上旬ごろにほぼほぼ完治して今は元気です。
それはそうと、今回風邪をひいて思ったんですが、どういうわけか今の会社に入ってから風邪ひくこと多くなったよなあということなんです。
ちっちゃいのも入れるとかれこれ7回くらいやってるかもしれません(多すぎだろ)。
やはり勤め先には毎日30~40人くらいのお年寄りの方が出入りしますし、そういった方々が快適に過ごせるようにある程度の温度でこの時期だと暖房がそこそこガッツリとたかれていることがあるわけです。
んで、いろんな方としゃべっているうちにのどの奥がムズムズしたりヘラヘラになったりすることもよくあります。
というわけで、こんなに頻繁に風邪をひくんじゃこちらもたまったものではありませんので、龍角散のトローチをいざという事態に備えて常備しておくことにしました。
いやいや、仕事がどうのとかいう以前に、この後の予定なども考慮すると、頻繁に風邪などひいてられないのです。
以上、風邪をひいて声が出なくなった際、森進一とか「ボヘミアン」を歌っている人(葛城ユキ)みたいと、会社の同僚などから散々言われまくっていたAyakongがお伝えしました。
プロフィール

Ayakong

Author:Ayakong
 音亀フェス2016コンピレーションアルバム、4月9日より各種ミュージックストアにて絶賛発売中!
「音亀フェス2016 ~passion~」にて演奏された楽曲の中から全12曲を収録。
総収録時間約60分、熱いハートを詰め込んだ1枚、何と価格は1000円!
Ayakongは、カバー曲ながらM9、M10の2曲にかかわっております。
詳細はこちらをチェックしてね(^^)
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※ その他のミュージックストアでも販売されております。また、ストアによって価格が異なる場合がございます。

 こんにちは。作曲を中心に音楽活動をしておりますDTMER、Ayakongです。
視覚障害があり、普段はスクリーンリーダ(PCの画面を音声でガイドしてくれるソフトの総称)やその環境下で利用できる作曲ソフト、その他シンセサイザーをはじめとするいろんな機材を駆使して製作しています。
もともとは、ピアノを習っていた関係からそちらがメインでしたが、2009年、当時やっていた大学時代のサークルがきっかけでこの道に入りました。
ネットラジオ、暇つぶしラジオにBGMの提供を行ったり、アマナイメージズにて商用販売されている楽曲があったり、録れコン2014(島村楽器主催)にてそこそこの結果を残す等、一応してきましたが、
まだまだやれるというハングリー精神と謙虚さと活動を支えてくださっている皆さんへの感謝の気持ちを忘れずに日々の活動に励んでおります。どうぞよろしく!
なお、このブログは主に、音楽活動のことや雑多な日常をつづっていくものになります。

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