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あの日の記憶 そして今思うこと

 こんばんは、Ayakongです。
珍しく2日続けての更新、でも、これだけはなんとしても今日のうちにアップしたかった内用なので更新します。
東日本大震災から今日で4年…あの日のことは私の中にも鮮明な記憶として残っています。
当時、札幌で寮生活を送っていた私ですが、幸いにも幾度となく頻発する与信や津波に合うことなく過ごしていました。
ところが、自分のことよりも他の周囲の人のことが心配になって行きました。
震災の約1年前に卒業した大学にいる後輩たちや関東圏内に就職した友人たち、ネットなどでつながりのある音楽仲間たちや他の友人はみんな無事だろうか?
地元には津波が来ていて、実家の家族は大丈夫だろうか?
そんな心配の気持ちがよぎっていました。
SNS等を駆使して、私とかかわりのある仲間たちがみんな生きていて無事であったということ、津波で家族が生きていて、避難する事態になっていないことが分かって、ひとまずほっとしていました。
しかし、その後になり、大変な避難生活をせざる得なくなっていた人の話やがれきをかき分けながらなんとか会社にたどり着いた人の話等を見聞きする機会があり、実際の地震の恐ろしさを感じていたものです。
また、この影響で、私の卒業した大学のその年の卒業式が中止になった話を知り、思わず、「もしあの場に私がいたら…」とふと考え込んだりもしました。
それから時が経つにつれ、周囲の人の話やニュースを見聴きすることも多くなっていきました。
それらの中でも、とある先生から授業中に東北を出張で尋ねた際の話を雑談の際に聞く機会があったのですが、その時の
「現地の人の話を聴いたり、地元のラジオを聴いたりして感じたのは、北海道を始め、被災地以外のテレビやラジオの報道が他人事のように感じる。東北に出張に行って強くそう感じた」
という話が非常に印象に残り、その日以来、、13年ほど前に家族旅行で訪れたことのある東北へもう一度足を運んでみたいとの思いが日を追うごとに強くなっており、
毎年この震災関連の報道が多くなる時期になるたび、その思いにいつも駆られています。
13年前の夏、山形と仙台を尋ねましたが、その当時と今とで、特に仙台あたりはどう印象が違うのか、それをいつかは実際に肌身で感じてみたい…もう一度東北へ行きたいというのには、そういう思いもあるのです。
そして、万一それが実現できた暁には、岩手や福島を尋ねられれば…そんな気持ちでおります。
しかし、そんな思いとは裏腹に、最近、震災関連の報道を見ていて、やりきれない気持ちに駆られることも少なくありませんし、同時に、物理的なものばかりではなく、「心の復興」にもっと注目した方が良いのではとも感じてなりません。
被災地の現状を知りたいとの思いから、先日8日の夜に放送されたNHKスペシャルを見ていたのですが、途中で感情が高ぶって辛くなってしまったのです。
具体的には、「4年」というこの時期に来て、主に仮設住宅で生活する被災者の方々の心身の不調を訴える事例が後を絶たないことを知り、それら一つ一つが頭を抱えるものばかりで、正直言葉も出ませんでした。
特に、お年寄りの方々におけるこうした問題が深刻であり、震災前まで元気だった人が杖などの支えなしでは歩けなくなってしまった事例や認知症になる人が急増している事例などが紹介されていました。
現在、私はとあるデイサービス施設に務めておりますが、そうしたお年寄りの方々を見ると、
「運動できなくて、一歩も外に出られなくて困っている人たちみんな、うちへ連れてきたいなあ。満足いくまで運動もできるし、言ってくだされば私が疲れた皆さんのあん摩を提供できるのになあ。そうして、困っている人たちの助けに少しでもなれればいいのになあ」
などと、無理な話と分かっていながらつくづく思ってしまったものです。
その他、紹介されていた事例は、お年寄りのことにとどまらず、家族の絆が壊れてしまうと言った事例もありました。
震災前まではごく普通の円満だった夫婦関係、あるいは家族関係が、震災を理由にけんかが絶えなくなったり、離婚したり、お酒におぼれたりする等の形で、すべてが崩れ去ったという内容がその一つの例です。
また、「いつまで被災者ぶってるんだ」とか、「仮設で生活してるくせに、何えらそうなことを」のような差別的な言葉を投げつけられたり、子供がいじめに合うケースが後を絶たないなど、「まったく、この世の中どうなってしまったんだ」と思うくらい信じられない事例まで、中にはありました。
同時に、そんな信じられない事例を耳にしては、「震災の記憶が風化してきていたり、そんなことなどもはや過去のこと、他人事のように感じている人が出てきているんだということを如実に表しているな」と思わざる得なかったことも確かでした。
以上のようなことから、上にも書いたとおり、今年における3.11の震災関連の報道を見ては、やりきれなくなったり、「心の復興にもっと目を向けるべきではないか」とつくづく感じるのです。
結構、物理的な復興に私たちやメディアは目を向ける風になりがちですが、今こそ、私たちをはじめとするすべての人が被災地に住む人たちやそこに故郷のあったであろう人たちの「心の復興」に目を向けることが大切であると感じている次第です。
そんなわけで、長々と、しかもとりとめなく今年の3.11に対する私自身の思いを書き綴ってみましたが、これをご覧の皆さんは、どんな思いで今日という日を迎えておられるのでしょうか?
きっと、それぞれがそれぞれの思いでこの日を迎えているのではないかと想像します。
とにかく、これからも、あの日を忘れず、今感じている思いを大切に、私は生きていきます。
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 こんにちは。作曲を中心に音楽活動をしておりますDTMER、Ayakongです。
視覚障害があり、普段はスクリーンリーダ(PCの画面を音声でガイドしてくれるソフトの総称)やその環境下で利用できる作曲ソフト、その他シンセサイザーをはじめとするいろんな機材を駆使して製作しています。
もともとは、ピアノを習っていた関係からそちらがメインでしたが、2009年、当時やっていた大学時代のサークルがきっかけでこの道に入りました。
ネットラジオ、暇つぶしラジオにBGMの提供を行ったり、アマナイメージズにて商用販売されている楽曲があったり、録れコン2014(島村楽器主催)にてそこそこの結果を残す等、一応してきましたが、
まだまだやれるというハングリー精神と謙虚さと活動を支えてくださっている皆さんへの感謝の気持ちを忘れずに日々の活動に励んでおります。どうぞよろしく!
なお、このブログは主に、音楽活動のことや雑多な日常をつづっていくものになります。

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